磯貝 浩一郎、koichiro isogai, フリーランス、

ドイツ、アートディレクター日記

海外でフリーランスや、クリエイティブ職に興味がある人達に向けて

スカイツリーにアートディレクションを!

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スカイツリーにアートディレクションを

先日、東京を訪れた際に、世界で2番目に高い建造物に登りました。そこでは、ハード重視でソフトを軽んじている日本の構造的問題を考えさせられました。

 スカイツリーの価値

スカイツリー自体は全長634メートルあるという事ですが、展望台はその約半分の350メートル、それでもそこから見るメガシティは絶景の一言、360度の視野に広がるトウキョウはまるで生き物のように有機的にそこに実存しています。写真や映像では得られない、そこにいることでしか得られない感覚を味わうために、日本全国のみならず世界各国から人々が絶え間なく訪れています。

アートディレクターの不在

しかし、展望台では恐ろしく雑多で、意味もまとまりも無いデコレーションやら、下品で知性を疑いたくなるような催しが開催されていて、そこで味わうべき重要なエクスペリエンスを阻害していました。

 具体的には、かなり大きなハロウィンの幼稚なステッカーがあちこちの展望窓に貼られていて、そこからしか見えない特別な景色を覆い、あちこちに設置されて人の流れを悪くしている特設カウンターからは、やはりハロウィンの催しをアナウンスする奇妙な叫び声、「ハッピ〜ハロウィ〜ン」が響く。

 地上350メートルにわざわざ来ているのに、それと全く無関係で、そこで味わうべきエクスペリエンスのクオリティに遠く及ばないグロテスクな環境がそこに広がっているのは、アートディレクター、つまり美的環境を監督する者の不在が原因ではないでしょうか。

日本はソフト面で次のレベルにいくべき時

日本はこれだけ素晴らしいハードを作る技術があるのに、ソフトがお粗末なのは何故だろうといつも考えさせられてしまいます。それは知性の欠落ではなく、中身(ソフト)の重要性に注意と尊敬を払っていないからに他ならないのではないでしょうか。その空間と環境をデザインする人材を雇い、必要な予算をつけ、その人間に責任と決定権を与えるべきだと私は思います。

ヴィジュアルコミニケーションのアイデア

私ならその空間を拡張した環境をデザイン、キュレーションすることを考えます。そこにいることを実感できる仕掛けやストーリーを、例えばアーティストや建築家、テクノロジーの力を借りて定期的に創り上げ、催す、それらは外国人の訪問者が極端に多いこの施設で機能するように、言葉に頼らない、普遍的なヴィジュアルコミニケーションを中心にデザインされるべきであると考えます。

  • 例えばそこから見える景色にARを使って、世界中にある有名な高層建築物を窓に投影し、重ねて騙し絵のような光景を作ったり、
  • 例えば光学迷彩のようなテクノロジーを使って内壁や床に外の景色を投影して、350メートル上空を歩くような錯覚を作る、
  • 例えば終戦記念日には、そこから見える景色を終戦直後の焼け野原になった東京をシュミレーションして見せる、
  • それらが高度経済成長を通過して復興する様をタイムラプスで見せ、最終的には未来の東京の姿を映すなど、

それらのアイデアと展示により深化する経験を来場者に提供することによって、そこを訪れる意味と価値を上げ、ユニークな美術館のような文化度の高い立ち位置の施設にすることが可能ではないか、というのが私の考えです。

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。変化の激しい21世紀を生き抜くために、デザインの力を信じていく決心を固めたコイでした。

 

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アートディレクションの値段

先日した仕事を気に入ってくれて、出版社からもう一度依頼が来ました。ありがたいことです。今回は、デザインの値段のお話をしようと思います。

2回目の仕事のギャラ

前回のギャラは向こうから一方的に提案されたもので、普段私が希望しているものより30%くらい見劣りしていましたが、初めての取引であったし、出版社の仕事は広告代理店より払いが悪いのが普通ということ、それが慣習なら仕方あるまい、と思って受けました。

でも今度は私の仕事を気に入ってもらっての依頼なので、欲しい額を提案するべきと思って、フロントエンドのやはりフリーで働いている私のパートナーに相談しました。彼女は、値段を上げることには賛成してくれましたが、希望額は高すぎるという意見。それはプリントかデジタルか、ということよりも、仕事内容が社内用プレゼンテーションのアートディレクションだから、ということでした。

しかしそれは社内用とはいっても、全ての部署をまたぐ大きなプレゼンテーションで、部署長クラスの責任者を説得する材料になるもので、高度なビジュアルコミニケーションが求められました。そしてアートディレクションの値段が、プログラミングやアニメーションなどのテクニカルなものよりも劣る、というのには納得がいきません。

それは、私がスターアートディレクターである必要はなく、プロのビジュアルコミニケーションの価値を提供できるものとして、正当な評価と支払いを受けるべきではないか、という疑問でした。

デザインセカンド?

これだけデザインの時代、と声高に叫ばれて、ビジュアルコミニケーションの重要性が認知されてきているというのに、デザインがいつもおざなりにされてしまうのは、ビジュアルは目に見えるものであるという本質があるにもかかわらず、人々の目に入らないというパラドックス。つまりそれを判断する人間が一定のレベルにないと良し悪しがよく分からない、ぶっちゃけ価値が分かりにくい性質がデザインにはあると思います。

コミニケーションデザインはスキル

しかしコミニケーションデザインは、正しい答えと間違った答えとがある、ハッキリしたスキルである、という信念から、希望額を請求しました。通るといいけど笑 <ー いきなり弱気笑

 

ここまで読み進めて下さってありがとうございました。結局希望の値段を出しましたが、1ヶ月経った今までなんの反応もなく、先日リマインダーを出しました。早く支払って欲しい苦笑

 

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出版業界は生き残れるのだろうか? いや... 無理じゃね?

今日は、ドイツ大手出版社から仕事を依頼され、数日間、ホームオフィス(遠隔で、自宅から仕事をする)で働いたお話をしたいと思います。

結論から言うと、現存の出版業界の未来は、暗い

呆れるほど非効率的な20世紀的な手法で原稿や情報をやり取りする様を見て、やっぱり出版業界に未来はない、と確信しました。

 いくつかの先進的な出版業界向けの共同作業(コワーキング)用の遠隔サービスがあるにもかかわらず、そういう効率的なワークフローは使わず、未だにメール、コピペ、電話の嵐、挙げ句の果てにはタクシー飛ばしてウチに来い、とか、びっくりするほど前近代的。もちろん現代的なワークフローを取り入れている出版社もある(私は知らない)のかもしれないけど、仕事の仕方云々、というより、時代と共に自分を変えていく柔軟さ、と言うか、そもそもその気がない組織は、恐竜のように、間違いなく、衰退、吸収され消滅するのではないでしょうか。

 

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何が問題なのか

彼らの存在がそのビジネスモデルの上で成り立っているからで、そこに働く人たちは、プライベートでももれなくタブレットコンピューターを1台以上所有しているに違いなく、つまりメディアの現状と将来をはっきりと認識しているはずなのに、根本的に何も変われないことからも明らか。

音楽業界があっという間に衰退、移行したこと

彼らもストリーミングなどの台頭により、今までのビジネスモデルが立ち行かないのがはっきり見えていたにもかかわらず、なすすべもなく(なさずに)他の業界、具体的にはIT業界に全てに近いパイを持っていかれた事は、記憶に新しい。

 時間の問題

出版業界は、すぐにもインターネットに置き換わるだろうという当初の予想を超え、まだ踏ん張っているのが現状、それも時間の問題で、音楽業界ととてもよく似た経路を辿るであろうことに疑いの余地はなく、どう置き換わるか、が議論されるべきことではないでしょうか?

追記:  

請求書をメールに添付したPDFで送ったら、郵便で送りなおせ、と言われました。どっちでもよくね笑? むしろメールでそれを伝えるために返信しやりとりする時間や手間PDFをプリントアウトしポストに投函する時間や手間郵便物を物理的に届ける時間や手間郵便物が数日後に届いてそれをまた手動でシステムに入力する時間や手間を考えると、不必要なエネルギーをいくらか節約できるPDFの方がなんぼもいいんじゃね? と、またイラっとしてしまいました。

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。今回は出版業会の悪口を言いたかったのではなく、変わらないと絶滅してしまうという事実を、まがりなりともグラフィックデザイナーとして関わった経験から述べました。変わるには勇気がいりますが、船が沈んでからでは遅きに失するのではないでしょうか?

 

ある日突然、契約を切られた

フリーランスだから、いつか契約が切れて当然なのだけど、今回は予想を超えて長丁場になり、5回の契約延長、6週間の契約が、最終的に15週間になったので、いつそれが終わるのか全く見えなかった。で、予算がオーバーして、あえなく契約終了。

気持ちを切り替えよう

資料やモックアップ、やりとりした記録などの膨大なデーターを、倉庫に使っている外付けハードディスクに移し、仕事で使っていた、先方とのやり取りのためのウェブクラウドやGitなどのコミニケーションツールからログアウトし、ラップトップを軽くしてやる。

次の日から、それでもいつもと同じ時間に起き、娘を起こし学校に送り、そのあと家族と朝食をとる。それまでは一杯一杯でできなかった家の事や他のプロジェクトに取り掛かる時間ができたことが嬉しい。

 

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達成感のない努力

4ヶ月近く毎日、週末も働いたプロジェクトが、まだ製品が完成してもいないのに、次の日から全く関係のないことになった。プロだから全力を尽くしてプロジェクトに従事するけど、最後まで見届けることができなければ、やはり達成感が得られない。達成感を得るために仕事をしているわけではないのだけれど、それは困難を克服し、前に進む原動力になるもので、終わらないものに取り組まなくてはいけない苦しさや、途中だけ手伝わされている物足りなさと比べると、モチベーションに差が出てくるように思う。

フリーランスなのだから、ドライに考えよう

例えるならそれは自分の子供ではなく、人の子供の世話をするのに似ているかもしれない。代理店の仕事はそもそも請負の仕事で、依頼人の広告やプロダクトを作る手伝いをすることだが、代理店の社員の頃は、それでも自分に任されたプロジェクトを自分の子供のように考え、世話をしていた。フリーランスではもっとドライにとらえなくてはならない。

 実を取るか、花を取るか

どちらも取れれば最高なのだけど笑、代理店からの依頼は支払いがよくて魅力的なので、そこで割り切って、達成感のあるプロジェクトを自分なりに見つければいいのだと思う。

 

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。皆さんもきっと、日々の仕事の中でいろんな妥協点や、折り合いをつけていることと思います。それは仕事に限らず、人生にも言えることなのかもしれません。いちいちヘコンで入られません、上を向いて歩こう。 

 

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クライアントとケンカ

正確に言うと、ケンカではなく、議論、ドイツではよくある、お互いの相違する意見をぶつけ合うことで、自分の意見をはっきり言う習慣のない日本人には、なかなか大変なことであります。

お金のこと

しかし不運にも、それは仕事上のことではなく、最も避けたいテーマであるお金のことで起こりました。

先方の都合で予定変更

明日に予定されていた、代理店の、そのまたお客さん(広告主)の会社での合同ミーティングが、突然来週に延期されてしまいました。

私の住むハンブルグから新幹線で4時間でフランクフルト、そこからさらに30分くらいのところにあるダルムシュタットという街に行かなくてはならなかったので、当然、すでに新幹線のチケットとホテルをブッキングしていました。払い戻しは今の段階では不可能で、それを経費として代理店に払って欲しい、という話をしたところ、もめた笑。

もうこのプロジェクトのためにフランクフルトに4回、ベルリンに1回、数日の滞在を含めて行っていて、旅費は全て自腹、それが契約だから仕方がないのだけど、今回は、そちらの都合で起こった損害を補填して欲しい、という意図だったのですが、契約がオールイン(経費全額自己負担)という反論を受けて、電話での議論は平行線をたどってしまいました。

契約書をよく読もう

結局、契約書に小さく表記されていた、クライアントミーティングに関する項目を見つけて、今回のような場合保証されることがわかり、前回の旅費までさかのぼって支払いに応じてもらう、という、私からすると十分納得できる結果に終わりました。

対立しても自分の意見を言うべき?

代理店からの日当はすこぶるいいし、小さな矛盾に固執して嫌われるのもどうなのか、とも思うけど、この数ヶ月、今までにもこういう、連絡不行き届きみたいなだらしない状況があって、何度か肩透かしを食わされていた。その度に、まぁ、いいや、フリーランスだし、お金もらっているし、と自分を納得させてきたけど、度合いやタイミングにもよるけど、自分が信じていることを対立を恐れずに主張できないと、人の言いなりになってしまい、つまりは私の言うことや存在の価値も相対的に下がって、仕事もしにくくなりパフォーマンスを発揮できず、引いては仕事をもらえなくなるのではないか、ということを、ブログを書きながら考え、モヤモヤした気持ちがちょっと落ち着いた。

 

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。その後、対立した人は何事もなかったように接してくれたし、引き下がらなかったことは、私の精神衛生上にも良かったと思っています。

 

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クリエイティブ業で、海外移住する

ある、映像、舞台美術をしている方から、ドイツに拠点を移したいけど、どうすればいいか、という質問を受けたので、それに応える事で、自分が海外移住する際に辿った道筋に思いを馳せてみました。

とても個人的な経験だから、他にも色々な方法があるに違いないけど、似たような悩みを抱えている人の参考になればと思い、後記したいと思います。

仕事を得るチャンスはあるか?

実績があって、それらをポートフォリオとして見せることが出来るなら、こちらで仕事を得るチャンスは大だと思います。ドイツにおけるモダンな映像や舞台美術表現は、とてもレベルが高く、学ぶところも大きいと思いますが、日本での映像分野の経験や実績は、こちらでも十分通じるレベルだと思うからです。

滞在ビザが先か、それとも労働ビザ?

アーティストビザや、舞台美術監督の雇用形態については、私は詳しいことは知らないので助言は避け、私の経験したことをお話ししますが、こちらでの職場、お給料を払ってくれるところを見つけることは、ビザを得るのと同じくらい重要だと考えます。それは、労働ビザと滞在ビザが紐づけられているからで、労働ビザを得るためには滞在ビザが必要で、滞在ビザを得るためには、労働ビザが必要という、卵が先か、鶏が先か、に似た問題があるからです。

どうすればビザが下りるのか?

つまり、受け入れ先の会社が、この人間が必要だ、という証明書を発行してくれさえすれば、労働ビザと、滞在ビザが同時に下りるというわけです。その会社には、あなたに給料と、あなたの分の社会保障を支払わなければならない義務が生じます。 これはなかなか敷居が高そうですが、あなたが必要であると思われれば、言い換えるなら、会社の負担があなたを雇う価値より大きくなければ、十分可能な話です。

あなたならどうする?

私なら、取り敢えず渡独し、ポートフォリオを見せ、最初はアシスタントや練習生-プラクティコム(独)-として現場に入り込み、チャンスを伺います。ビザなしでいれる3ヶ月間は、あなたがそこで何をし、どうチームに貢献したかを評価されるに十分な時間だと思います。 あなたのパフォーマンスが評価され、正社員としてそこに残ることが出来れば、キャリアが始まります。受け入れ先を探すのも簡単な話ではありませんが、まず現地に暮らし、人と繋がり、言葉を学ぶことによって、チャンスはいくらでも広がる可能性があります。

大学に行く、など他にもいろんな方法があるとは思いますが、以上は私がここで暮らし始める時にした行動と、その結果です。参考になれば。

ベルリンは国際都市、ハンブルグもしかり

私もベルリンには、距離が近い(新幹線でハンブルグから1.5時間程)こともあり頻繁に訪れます。ベルリンはドイツ一のコスモポリタンな都市で、ドイツ語を話さなくても通用する素地があるようですが、言語が話せると可能性の広がりが大きいのに間違いはありません。

ちなみに、私の住むハンブルグにも大小沢山のシアターがあり、映像、舞台美術関係の仕事はたくさんあります。いろんな可能性に目を向け、フレキシブルに行動することが、チャンスを掴む事につながるのではないかと思います。

 

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。昨今、海外に出たいという若者が少なくなっていると聞きますが、なぜでしょう? 日本の少子化や縮小していくマーケットはもとより、グローバル化が進み、世界ともっと深く関わっていく事もビジネスのチャンスも増えているのに、反対の方向に進んでいるように見えてなりません。

 

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遠隔 (リモート) で仕事をするということ 2

考えてみれば、デジタル写真が世の中に出た時も、オンラインストリーミングで映画を観ることも、デジタルに変換した音楽を定額で聴き放題というのも、新聞をデジタルデバイスで読むことも、SNSも、もっと言えば携帯電話ですら、つい最近我々にもたらされたもので、それらを導入する時は、今までの生活習慣や常識を大きく変えなくてはいけなくて、必ず文句を言う人がいたけど、しかし時代がそれを飲み込み、結局一般化されていったことは、記憶に新しい。

 

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遠隔で共同作業って本当にできるの?

昨日、遠隔で仕事をしているフランクフルトに電車に乗ってリアルに出向いた。仕事が大事な局面にきているから、と思ってのことだったが、結果からいうと、別に必要がないことだった。

フランクフルトにいる同僚とコミニケーションを取ったことは収穫ではあったけど、そこからも結局、ベルリンにいる他の同僚とスカイプを使って仕事をした。私は何してるんだろう... 自腹で電車賃とホテル代、そして貴重な時間を使っているのに、出張した先で、リモートで働いているとは!

 わざわざ出向いた本当の理由

私が聞かれてもいないのに、わざわざ先方に出向いた本当の理由は、私の言語能力に不安があるからで、オンラインで複数人で物事を決めていく会議に参加するのは、何年やっても苦手意識がある。電話会議で発言しないという事は、いないも一緒だから、とても集中しなくてはいけないのだが、往々にして会議は長い笑。

リアルで会いに行った価値ははあったのか?

やっぱりリアルで会ったことがある人との方が、遠隔で仕事をする時も、事がスムーズに運ぶよね、と今でも思っているけど、近い将来、そういう考え方は、もの笑いの対象になるに違いないし、もう既に、そういう時代に我々も適応しつつあるのかもしれない。

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。 結局のところ、上記した、”リアルで会ったことのある人の方が...”と言う話は必ず人の共感を得ることができるのだけれども、それは情報革命のスピードが速すぎて、我々人類の方がまだその感覚に追いついていない、というのが2017年の現状ではないのでしょうか。