磯貝 浩一郎、koichiro isogai, フリーランス、

ドイツ、アートディレクター日記

海外でフリーランスや、クリエイティブ職に興味がある人達に向けて

金儲けのために生まれたんじゃないぜ

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Title: 金儲けのために生まれたんじゃないぜ

 

デザインビジネスのお話し

このブログは、海外に住む日本人フリーランスデザイナーが、どう仕事をしているか、というお話をしようと始めたのですが、フリーランスには厳しい守秘義務があったりして、なかなか詳細をお伝えすることができない、ということに今更気づきました笑

そんなわけで、今日もデザインの話ではなく、最近始めた副業と趣味を兼ねた、日本人旅行者のガイドをしたお話をしたいと思います。しかし、IT業界の話も含みますので、そんなにブログの趣旨から外れた話にはならない、ことを祈ります。


トラベロコが個人旅行を変える

日本のIT系仲介サービスのトラベロコ (Traveloco) をご存知でしょうか? ざっくりいうと、海外を訪れる日本人旅行者と、現地に住む日本人(ここがポイント)ロコ(居住者)を繋げて、サービスを提供させ、手数料を取る、というもので、民泊大手のエアービーエヌビー (AirB&B)、タクシー業界を脅かしているウーバー (Uber) よろしく、スマートフォンがインフラと化している昨今、とても熱いプラットフォームビジネスです。


プラットフォームビジネス

日本人に特化したユニークなプラットフォームビジネスの仕組みに興味があったので登録してみましたが、使ってみるとすぐにとても面白いポテンシャルがあることに気づかされました。前記のIT系の仲介サービスはすべて、既存の産業の仕組みを破壊するポテンシャルを持っていますが、本質は、サービスを提供する側と、される側をITで直接繋げ、今まで中間に幾層もあった複雑な手続きや仲介業者を排除し、垣根を低くし、安価にする仕組み、と言えるのではないでしょうか。いや、それらのプラットフォーマーが、中間マージンを取るには違いないのですが、それにしても既存の仕組みに比べると随分シンプルな構造になっています。そのサービスを詳しく知りたい方は、ご自分で調べていただくとして、ここでは私の考察、体験と感想を共有したいと思います。


旅慣れた人が使っている

結論から言うと、前記のサービスは今までの海外旅行体験を変えると思います。今までは初めて訪れる言葉もわからない場所でできることは限られていました。ガイドブックに載っている場所を訪れたり、大通りを歩き、ショッピングし、観光客向けのお店で食事する、という浅い経験が中心にならざるを得なかったでしょう。もし運よくあなたの友達がそこに住んでいたりすれば、もう少し深い体験もできるかもしれませんが、そんなに都合よく訪れるところに、友達は住んでいませんね。

このサービスは、そこに住む、そこを熟知した人が、ローカル情報を駆使して、つまり地元の人に人気があるレストランや、予約なしでは参加できない事や、現地に住んでいなければ知り得ないコンサートやパーティ、オープニングセレモニーに参加することもなど、友達に案内してもらうのにほど近い経験ができるのです。そして、そういう深い体験を求めている人は、たいてい旅慣れている人が多い気がします。


今まで私が旅行者に提供した経験

たいてい、そういう経験を求める、好奇心の旺盛な方は、女性が圧倒的に多いと言わざるを得ません。日本人男性、頑張って笑!

個人情報なのであまり詳しくは描写できませんが、今まで私がハンブルグを案内した方である歯科医の若い女性は、ハンブルグの盛り場のレゲエバーやクラブをホッピングし、ドイツのサウナを経験してみたい、そしてドイツの歯医者に行ってみたい笑、という濃い希望をお持ちで、全て経験されました。 すごい好奇心! 

ある60代のジャーナリスト(?)の女性は、やはりハンブルグの歓楽街にある有名な赤線をのぞいてみたい、という希望をお持ちで、そこには残念ながら女性は入れないので、その回りを歩き、ハンブルグで一番古いバーに入り、夜の街の雰囲気を安全に、女性一人旅で味わうことが出来ました。

新婚旅行でいらしたカップルは、奥様が子供の頃からキャプテン翼の大ファンで、ブンデスリーガの人気のある試合を巨大なスタジアムで観戦し、子供の頃からの巡礼の夢を叶え、地元の人に人気のある予約の取れないレストランで、超絶美味しい肉とワインを楽しみました。

私もすべてご一緒し、私の分も支払ってもらった上に、おこずかい程度ではありますが、報酬もいただきました。そして、今までご案内したすべての方は、ハンブルグの都市となりをとても気に入り、なかなか味わえない、濃い時間を楽しんで、とても喜んでらっしゃいました。

これは楽しい! 人に感謝され、お金までもらえるとは!


私も自分で利用してみたら

先日、ベネチアを訪れることがありました。有名な話ですが、8万人の人口のベネチアは年間2000万人を上まる訪問者を抱え、オーバーツーリズムとよばれています。魅力ある場所ではあるけれど旅行者が異常に多く、用意されたツーリズムから抜け出すのはとても難しい土地に違いありません。旅行者は、観光客向けの高めのレストランやカフェ、おきまりのコースをなぞることが多いのではないでしょうか。

 

そこで前出のサービス、トラベロコを使い、日本人建築家でベネチア在住の方を探し、ビエンナーレという建築祭の中でベネチア建築の見学と、地元の人が行く美味しいレストランや、甘いクロワッサンがある素敵なカフェに連れて行ってもらいました。彼女はここの住人なので当然、合理的に、早く、面白いところを選んで、安く移動する方法を知っています。また、ベネチアの裏話であったり、触りではありますが、彼女がなぜ、どうやってここに住んでいるのか、ベネチアをいかに愛しているか、などの人間的な面を、ワインを飲みながら聞けたことは楽しく、ベネチアをとても身近に感じたひと時でした。

次の日、彼女無しで回った観光、食事などのクオリティーと比べると、雲泥の差でした。


大手旅行代理店からのオファーを受けてみたら

これらの良い経験に味をしめて、某日系大手旅行代理店のガイドのオファーを初めて受けてみました。本職としてではないので団体客の案内なら受けなかったと思いますが、そのオファーは女性一人を、やはり繁華街にあるライブハウスまでお連れして、コンサートを鑑賞し、その最中の安全確保、そしてホテルまでお届けする、という、私にしたら朝飯前の様なものだったので、受けてみました。

その方が旅行代理店にどのくらい支払われているかは知る由もなく、知る必要もないのですが、前出のトラベロコとは全く違うレベルの金額が動いているでしょう。そのせいかはわかりませんが、今回のタスクは、今までのような楽しい経験からは程遠い、うんざりするようなものになりました。その方や、代理店の悪口を言うために私の時間を使ってここに記している訳ではないので詳細は割愛しますが、一言で言うと、人間として扱われなかった、ということでしょうか。サービスを求めてお金を払い依頼されているのだから、私個人のことはそれ程気にしなくても良いのですが、それでも生身の人間ですから、道具の様に扱われると、傷ついてしまいます笑。前記の、トラベロコではなかった扱いでしたが、それはプラットフォームの問題でしょうか? または人の問題でしょうか? それともお金の話でしょうか笑?

 

まとめ

我々人類は、いわゆる第4次産業革命の最中にいて、20世紀までとはずいぶん違う世界に住んでいますし、これからも大きな変化が訪れることは、止められません。上記のプラットフォームビジネスが、既存の業界を破壊するのは時間の問題で、法律改正などで対処しても、自らを大きく変えない限りどんどん隅に追いやられることは、歴史が証明しています。生き残りたかったら、今までのあり方に疑問を持ち、世の中を俯瞰し、大きな流れに向かって進化し続けるしかないのではないでしょうか。

 

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。

ドイツの諺に、「人生はポニーホフ(仔馬がいる草原)ではない」(Das Leben ist kein Ponyhof)、という、ありがたい教えがあります。これは、人生、楽しいことばかりではないよ、と言う教訓で、その通りなのですが、それを踏まえた上で人生を楽しみたいものです。我々は、お金儲けのために生まれたのではないですから。

 

 

絵本のコンペに作品を出すダス!

 

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絵本 タイトルページ

今日は、絵本のコンペに挑戦したお話をしたいと思います。

 

 

メディアの寿命

私が今まで従事してきた広告やウェブサイトというメディアは、どんなにクオリティーが良くても、どんなに制作に時間とお金がかかろうとも、数年、いや、数ヶ月もしたら跡形もなくなって残らない、という性質があります。商業デザインなら多かれ少なかれ同じような性質があるとは思いますが、広告、ウェブデザインは特に賞味期限が短く、儚い幻に例えることすらできそうです。

絵本の寿命

しかし絵本は、商業デザインであるにも関わらず、何年経っても読み継がれる性質があるように思えます。私が子供の頃に読んだ絵本を、自分の娘に読み聞かせたことがあります。それはかなり極端な例であるとは思いますが、基本的に絵本に求められるのは、普遍性であって、流行り廃りではなさそうです。

絵本の魅力

それでなくても、絵を描く人間、お話を作る人間にとって、絵本は憧れのメディアで、作家性が高く、子供達に自分が創造した話を伝えることは、表現者にとってこの上ない喜びになるに違いありません。

チームワークと個人プレー

また、絵本を一冊作るのは、大変な作業であることに間違いはないのですが、映画などその他の伝えるメディアに比べて、関わる人間が比較的少なく、小さなチーム、究極的には作家だけで創れる、という特色があると思います。これは孤独な闘いでもあるのでしょうが、大きなチームで制作の一端を担う作業を続けた者から見ると、自由度が高く、妥協するべき箇所が少ないのではないか、と思えます。

絵本制作にのめり込む

そんな憧れの絵本の制作を一度は手がけてみたい、と常々思っていましたが、人は何か具体的な目標と、それに向かって進むエネルギーがなければ、先があるのかないのか分からない道を進むことは、なかなか憚られます。

ある日、ひょんなことから絵本のコンペの話をいただきました。前記した、私が思い描いていた絵本制作の魅力、普遍的であることや、少人数で初めから終わりまでの話を作り、つじつまを合わせ、その世界観やメッセージを構築する作業は非常に楽しく、怒涛のように制作にのめり込んでいきました。

人との共同作業

ある日、小学校教師の友達に絵本のコンテを見せたところ、その友達の才能を発見することになりました。そこから彼女と共同作業を始めましたが、前記したチームプレーの煩わしさ、不自由度などにストレスを感じていた過去にも経験した、複数の脳を使うことによる多面的なものの見方、を手に入れました。これは、どんなチームで、誰と、どのような役割分担で作業をするのかにもよるのだと思いますが、波長さえ合えば、2つの脳を使うということは、1つの時の2倍の経験値を得ることができます。当たり前のことかもしれませんが、クリエイションの波長が会う人とみっちり共同作業して、新しい視野が広がりました。そして、プロジェクトの終わりには、この上ない爽快感、達成感を、2人で共有することができました。

コンペのデキレース

締め切りギリギリになりつつも自分たちの満足いく形に仕上がり、投稿できました。しかし、その後の舞い上がった我々の心をを打ち砕く情報を、インターネット上で見つけてしまいました。

デザインのコンペには、よくデキレースがあります。それは初めから受賞者は決められている、または絞られていて、コンペはそれを盛り上げるために催される、というもので、言い過ぎを承知で言えばヤラセに近いものです。大人の世界ですね笑。

絵本のコンペでは、コンペの形を取って応募者を集め、最終的に作者に自費出版を勧める、というビジネスモデルがあるらしい、という情報を見つけてしました。汚い笑。いや、それでデビューしている作家さんもいるのでしょうが、コンペの形をとっていることが、ちょっとずるいですね。

このコンペがそういう性格のものでないことを願っているけど、世の中そんなには甘くない、ということでしょうか笑。

 まとめ

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。色々な気持ちを書き連ねてしまいましたが、全ての力を出し切った今、こう思えます。 結果は大事だが、そこに至る過程はもっと大事である、ということです。自分がどれだけ高く飛べるか試してみましょう。

ブルカでモグモグ

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今日は、デザインとはあまり関係がない話、イスラームの服装について、それをめぐるドイツの状況のお話ししたいと思います。

 

 

フランスで禁止された、イスラーム原理主義の女性の衣服

ヒジャブと呼ばれる、イスラームの女性が被る髪の毛を隠すスカーフのような衣服がある。私の住むハンブルクでそれを見かけない日はない、と断言できるけど、目以外全て隠す衣服、ブルカを、見かけることは少ない。それはイスラーム教徒が少ないからではなく、ブルカがイスラームの中でもかなり厳格な、原理主義者が支持するものだからである。


どうやってブルカで食事するのか?

先日、トルコのレストランで昼食を取っていたら、隣の席に頭のてっぺんから踵まで黒ずくめブルカを被った2人組の女性と女児(は普通に洋服)が座り、どう食事するのか興味をそそられた。隠していなかったら興味も湧かないのに、隠しているからもっと興味が湧く、というパラドックスはさておき、さて、物理的にどうするのだろう。

飲み物が運ばれてきた

どうやって飲むのだろうと思っていたら、口を隠す布の下にコップを持って行って、ストローで飲んでいた。つまりコップも手も見えないのだ。


次に食事が運ばれてきた

 ど、どうするの、これ? レストランの隣に座った人、しかも女性をじろじろ見ることははばかられるが、こっそりチラ見していたら、パンは飲み物と同じ、下の口を隠す布の中に手を入れて食べていてた。さて、とろけるチーズがたっぷりかかったラザニアはどうするのだろう?


どうやってラザニアを食べるのだろう?

実際は驚くようなことは何もなく、下の口を隠す布をめくってフォークを持っていっただけなのだが、なるたけ人目につかないように、動作も速く、もぐもぐするときはその布は元の位置に戻り、口を隠している。


ドイツ人はどう思っている?

今日見た光景を、同僚や友達に話したところ、一様に、それなりに強い否定的な反応があった。

 

例えば私がここで着物を着て歩いていてもなんの問題もないだろう。むしろ素敵ね、っていわれるかもしれない。


しかしブルカは、ヨーロッパ人にしたら女性に対する抑圧の象徴、精神的に前近代的、そしてイスラーム原理主義を彷彿とさせる。いわゆる民族衣装とは少し違った意味合いを持つ、ヨーロッパ人には受け入れがたいもののようだ。


子供はどう思っている?

ドイツの学校に通う9歳の娘に、今日の話とブルカが何かを説明したら、見たことがあるらしく、納得していた。きっと学校にもイスラームの背景の親を持つ子がいるのだろう。


ドイツ人とは? 


学校や職場、近所に日常的にイスラーム教徒がいる移民国家ドイツでは、フランスで起こったような鋭い対立は今のところ少ない。


でも、サッカードイツ代表のボアテングが言っていた、勝てばドイツ人として扱われ、負ければトルコ人と呼ばれる、という言葉に表れているように、根深い摩擦が無いはずがない。


先のブルカを被った女性たちは、流暢なドイツ語で会話をしていた。イスラームの人たちがドイツ語で話すのは全く驚くようなことではないのだが、ブルカのようなイスラーム色の強い衣装の女性たちが、自身の子供も含め、大人同士の会話にもドイツ語を使っていた事にドイツの多様性と、今まで見かけることが少なかったブルカをまとった、ドイツ語で同教徒の友達と話すようなドイツで生まれ育ったと思われる、原理主義を彷彿させるイスラーム教徒を目にするようになった事に、私の周りも含め、世界が変わってきていることを感じさせた。

 

クラウドファンディングやってみた

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OriBon - The First Origami Plant Pot

 

 今日は、製品が完成していない段階でプレゼンテーションをして資金を募い、集まったお金でそのプロジェクトを完成させ、その後に出資者に製品やそれに見合ったものを送る、という新しいビジネスモデルのクラウドファンディングについてお話ししたいと思います。

クラウドファンディングってなによ?

ずっと取り組んでいた自分自身のプロジェクトがいよいよ佳境に入り、クラウドファンディングの最大手、キックスターター上で先日、公開しました。世界中の人からアイデアに対して出資を受けることが出来る、と、書いていてもそれこそ雲をつかむ様な話(クラウドは雲ではなく、この場合、群衆という意味ですが)に聞こえてしまいますね笑。

20世紀のルールからのパラダイムシフト

元銀行員の私の父に、クラウドファンディングで出資を募ることを話したら、なぜ知らない人に出資する人達がいるのかが分からないと言っていました。彼のいうことももっともですね笑。

 一言で言えば、情報産業が発達し、世界中で既存の産業から社会の仕組みなども含めた、ありとあらゆることに影響を及ぼしている産業革命とも言える大きな変化が社会と世界のルールを変えているのですが、新しいプレーヤーには歓迎されている反面、既得権益の周りにいる人たちからは忌み嫌われ、反発を招いています。このブログでも度々指摘していますが、これは世界規模、人類規模で起こっていることなので、止めることはもちろん、それを遅らすことさえできません。

 民主的な仕組み

私のような小さな製作者でも物を作る際に必要な資金を集めることができたり、インターネットを使って世界中にモノやサービスを売ることができるという可能性は、今まで無かったことに違いなく、前世紀的思考で普通に考えると、あり得ない、不可能でしかないことなのですが、ここ数年の情報産業の発展により、すっかり可能になってしまいました。

 クラウドファンディングに参加するにあたっての準備 

実はここの敷居がとても高い! 自分のアイデアを、分かりやすく、簡潔に、しかし魅力的にプレゼンテーションすることが求められます。私はグラフィックデザイナーで、ビジュアルコミニケーションを生業にしているので、ここはあまり問題になりませんでしたが、アイデアを視覚化することが不得手な人は、フリーランスに外注することで解決できるかと思います。

 また、世界中に伝えたいわけですから、言語は当然英語です。これも我々日本人には敷居が高いですが、上記の通り、外注することによって解決が図れます。

 いきなり敷居の高い話をしてしまいましたが、一番大切なのは、もちろんアイデアです。どんなに素晴らしいプレゼンテーションを作っても、アイデア自体が人の心を動かし、財布の紐を緩める力がないと、あなたのプロジェクトはすぐに、次から次へと発表される新しいプロジェクトに埋れてしまうでしょう。

 実情はどうなのか?

ここからは少し狡っからい話です。前記したクラウドファンディングの革新性や、民主的な仕組みとは少し乖離しているかもしれません。

 悲観的な事実は、世界中でクラウドファンディングを利用したスタートアッププロジェクトは毎日(!)5万件もローンチされているということです。つまり、良いアイデア、説得力があり人を魅了するプレゼンテーションだけでは成功するに十分でない、というのが実情です。

一言で言えば、この世は金、地獄の沙汰も金次第という資本主義のダークサイドは、新しく発生したプラットフォームすら例外なく支配しています。

 砂糖に群がるアリのような業者

ローンチしたその日から、毎日山のようなメールが届きました。そのどれもが、プロジェクトを成功させるために必要なアクションという誘いでした、もちろん、どれも有料で。

 例えば、マーケティング会社、プロモーション会社、ブロガー、インフルエンサー、SNS、ウェブマガジン、個人、団体を問わず、ありとあらゆる値段で(5€ から数百、数千ユーロ)オファーが来ました。すごいのは、キックスターター上のランキングを(不正?)操作(!)する誘い(1日4050)などもありました。

 前記したように、プロジェクトがキックスターターのプラットフォームで上の方に表示されなければ、人の目につかないわけだし、外部から人を誘導しなければ、やはり同じく埋れていってしまう。そのプロジェクトを人の目につくようにするには、何らかの形で宣伝しなければいけません。

 ナイーブな考えでは、プロジェクトを成功させることができない

結果、私のプロジェクトは目標金額の資金を集めることができず、頓挫してしまいました。私のアイデアに人々を魅了する要素が欠落していた、ということが最大の原因であると自省していますが、それと同じくらい重要な要素、宣伝に対して、ナイーブすぎました。

 つまりこれが結論です。宣伝無くしてクラウドファンディングの成功はない。

 ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。これがクラウドファンディングの実情についての私の考察で、実際私のプロジェクトがどのように動いたのか、業者をどのように使い、いくらぐらい払って、どのようにランキングが変化したのか、などのお話も赤裸々にしたいと思いましたが、長くなってしまったので、次回に譲ります。

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インダストリー4.0ってなによ?

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ドイツが提唱し、世界から注目を浴びているインダストリー4.0って、大げさに第四次産業革命なんて言われることもあるけど、実際ドイツではどんな風に捉えられているのでしょう?

 

どこまでそれは進んでいるのか?

私の周りにはインダストリー4.0はどういうことで、どうなるべきなのか、ということなどをもっともらしく語れる人はいても、実務レベルでの進行形を体感している人たちを知りません。

IoTAIを用いることによる製造業の革新」

Wikipediaでは説明されていますが、実際それはまだ始まったばかりで、2017年現在では実務レベルどころか、セオリーやビジョンすら模索中なのでは、というのが私の知ったかぶり意見です。だってフツーのドイツ人はそんなこと知りませんよ笑 製造業でそれを今の時点で実感し、体験している人たちがいるならぜひお話を聞きたい。

どうしたらその一翼を担うことができるのでしょう?

でもドイツが注目し提唱している21世紀の世界トレンドには違いないから、ドイツの動向を注視することは間違いではないし、ドイツやその他の工業先進国で開催されている関連のワークショップや会合、メッセなどでそこにきている人間と議論しながら、どういう方向に向かっているのかを一緒に考えることが、最前線を知ることに繋がるのではないかな、と思います。

 トレンドは追うよりも作る方が楽しい!

私の業界、広告、情報産業ではトレンドの移り変わりが今世紀になって加速していて、プレーヤーやルールすら変わることが頻繁に起こっています。

国をまたいだワークショップなどの会合や情報交換が頻繁に行われている中で、それらを単に追随するだけじゃなく、一緒になって考えて作っていく、もっといえば、トレンドを引っ張っていく立場になれば勝ちじゃないでしょうか? トレンドは追うよりも作る立場の方が圧倒的に楽しいはずです! 

今、インダストリー4.0というキャッチーなフレーズを作ってそれを実践している(しようとしている?)ドイツにはそういう思惑が見え隠れしています。

 

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。

敗戦後、卓越した製造業で奇跡的な復活をとげた日本とドイツの両国が、21世紀になってからその間に差が開いてきているように見えるのは気のせいではなく、新しい世界基準を自ら作っていこうという強い意思と、そうしなければ20世紀に築いた栄光を失ってしまうという危機感がドイツ製造業に広く共有されていることが背景にあり、日本の製造業、情報産業に従事する者は、そこを直視し、業界や国レベルで危機感と戦略を共有していく必要があるのではないでしょうか? さもなければ今のジリ貧は止まらないように私には見えます。

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コンニチワ、アナタ、サムライデスカ?

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今日は仕事に関する話ではありませんが、 ドイツが受け入れた膨大な数の難民によって、私(も移民です)が目にした日常のちょっとした変化の話をしてみたいと思います。

アーユーサムライ?

って、最近何度も言われました。20年近くドイツに住んでいるけど、あまり言われた事がありませんでした。だってどうかと思いませんか? いい大人が、初対面の洋服を着てスニーカーを履いている東アジア人に、そんな事言うなんて? 

 話が噛み合わない

それはパーティで、スーパーで、道端でも、なんだか気軽に話しかけてくるアラブ系の男性が、まず中国人か、日本人か聞いてきます。日本人だというと、そうかそうか、と頷いて、じゃ、サムライだな、と断定してきます。いや、サムライってソルジャーの事だけど、知ってる? ということをやんわり伝えますが、正直面倒に思ってしまいます。そういう人とは得てして話が噛み合わない上に膨らまず、ステレオタイプなことを聞かれ続けて(スシは本当に生魚なのか?とか、忍者をどう思う? など)消耗してしまいます。

ステレオタイプ

ドイツ人にだってそういう日本に対するステレオタイプみたいなものはありますが、そんなことを私に面と向かって話す人たちにはあまり出会った事がありません。もうちょっと世の中を知っているというか、都会的なセンスがドイツ人にはあります。つまり、そういう類いの質問をしてくる人たちは主に中央〜西アジア、またはアフリカからの難民として最近ドイツに来た背景があり、東アジア人を見ることが珍しいのでしょう。

 百万単位の難民が1年で増えるとどうなる?

ドイツが近年だけでも難民を百万単位で受け入れ、ドイツの社会にまだ馴染んでいない難民は我々の周りに目に見えて多くなり、あちらこちらで小さな摩擦を引き起こしていることは想像に難しくないと思います。同じ民族が違う文化の地に住むと同族で固まってしまい、現地の人との交流が減ってお互いの心に疑心暗鬼が生まれてしまうだろうし、尊厳を持って生きるにあったって必要な、経済力や社会に貢献する一員という立場すら満足に持たない難民の人たちのストレスや絶望感は、この平和の地でもなくなることはないでしょう。本当に気の毒に思います。

未来は明るい?

今のドイツの国力、つまり経済力や存在感をもってしても時間がかかる話だとは思うけど、最終的には困難を乗り越え、人口増という国に必要なリソースを得る事ができると私は楽観しています。難民の子供たちは、他の子供達と等しくドイツで教育を受ける権利を与えられ、言葉も親よりずっと早く覚え(私の家もそうです笑)、ドイツの社会に溶け込んでいくと思われるからです。もしかしたら、スティーブジョブズのような人材が、難民の子孫から現れるかもしれません。そういう雰囲気と余力が、今のドイツにはあるように見えます。

 

ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。何につけ、ブレイクスルー(障壁の突破)には痛みや苦しみが伴うものだと思います。それを受け入れるには、その度合いと、覚悟、それにどのくらい耐えることができるのかにかかっているのだと思います。

 

 

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コワーキングスペース

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多様な雇用形態がある現代で必要とされて広がっている、オフィスのシェア、コワーキングということについて、今回はお話ししたいと思います。

コワーキングスペースとは?

コワーキングの定義は、事務所や台所、コーヒーメーカーなどを含むオフィス機器を共同で使いながら、それぞれが独立した仕事をしていることだと思いますが、最近ポピュラーなのは、会員制ではあるけれど図書館のように開かれた場所で、その時空いている場所に座って仕事をする、コワーキングスペースというものです。私が住むハンブルクにもそういう場所がいくつもできて、大抵は洋服のお店か、カフェかと見まごうばかりのお洒落な作りで、ガラス張りで外から丸見えの店内(?)では、ほとんどの人がヘッドセットをつけ、自身のノートブックに向かって何かをしています。カフェで仕事をする人もいる時代、でもずいぶん職種が限られそうな気もしますが、昨今はノートブックさえあれば皆仕事ができるのでしょうか?

体験してみました

私も一つ、うちの近くにあるコワーキングスペースに行ってみて、無料で体験してきました。料金は、一番安いもので月に80ユーロ(1万円位)、なんだか月額のスポーツクラブに近い感覚でしょうか。そのほかに別料金を払えば、個室や会議室にアクセスできる権利がもらえるのですが、前記の一番安いオプションで私が座って仕事をしてもいい机は、本当のオープンスペース、隣に座っている人の肘が当たりそうなくらい近く、とても窮屈な印象を受けました。この値段なら文句は言えないのでしょうが、このクオリティなら、 カフェや図書館でいいんじゃない?というのが正直な感想でした。その他にも以下のような制約があります。

  • 営業時間があり、夜には出入りできない
  • 週末に働けない
  • 混んでる時間だと空いてる席を見つけるのが大変
  • 私物を置いておけない
  • 会員登録していない友達を連れて入ることができない

グラフィックデザイナーの私には、ノートブックだけじゃなく大きなモニターが必要だし、コンピュータだけで完結しないこと、物理的なモデルを作ったり、紙を切ったり貼ったりする場所や、それらの道具を置いておくこともできない。

比較的割安で利用できるオプションがあることや、街のど真ん中にあること、そこに出入りしている人たちにインスパイア(?)されたり、もしかしたら仕事の幅が広がったり(??)する(かも笑)などの要素もあるけれど、私には魅力が少ないというのが結論でした。

その他のコワーキングスペース ー アトリエ

上記の、営利目的の場所貸しとはまた違うスタイルのコワーキングスペースも沢山あります。例えば、アートカウンシルのような団体が運営しているアトリエスペース、これはアーティストであることが条件であるところもあれば、もっと間口の広いポリシーのところもあります。アーティストの友人が借りているアトリエを、彼女が留守にしていた1ヶ月間借りたことがあります。上記の物件のように営利目的で運営されているわけではないので、相場に比べて料金がとても安く、運が良ければ個室ももらえるし、場所も広ければ自分の道具や作品を置いておくスペースも確保できます。いいことずくめですがそれ故に入りたい人が多く、格安である故に一度入居すると出る人が少なく、競争率がべらぼうに高いという問題があります。

その他には? 

例えば、空き家や空きスペースを大家と交渉して個人でオフィスとして借り、他の人たちに貸しているものなどもあります。これも良いところに当たるには運が必要ですが、上記のアーティスト協会のような団体に運営されている貸しアトリエなどに比べて見つけやすく、手に入りやすいと言えるでしょう。

入居してみました

友人の紹介で、ファッションデザイナーの女性が四人で借りているアトリエに一人分スペースが空いたということで、彼女達に会ってみました。自動車工場の2階部分というアトリエは広く、家からも近く、私が通っているスイミングプールや、毎日送り迎えをしている娘の学校にも近く、彼女達もとても感じが良かったので気に入り、申し込みをして受け入れてもらえました。

個室ではないけれど、私の道具や紙などの素材や撮影器具、本などを置くスペースももらい、夜でも週末でも出入りできる、制約も少なく、ランニングコストも低いワーキングスペースを手に入れました。モチベーションが上がります! 後々に、同僚のことや共同部分の使い勝手などを考察したものを、ここでお話ししたいと思います。

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ここまで読み進めていただき、ありがとうございました。同じ場所で働きながら独立した別の仕事をするコワーキングスペースも、上記のように多様性に富んでいます。それはいろんな働き方があるから、その受け皿になっているコワーキングにもそれが求められているということでしょう。

 

 

 

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