絵本のコンペに作品を出すダス!
こんにちは、北ドイツのハンブルグでアートディレクターをしています、コイです。今日は、絵本のコンペに挑戦したお話をしたいと思います。
メディアの寿命
私が今まで従事してきた広告やウェブサイトというメディアは、どんなにクオリティーが良くても、どんなに制作に時間とお金がかかろうとも、数年、いや、数ヶ月もしたら跡形もなくなって残らない、という性質があります。商業デザインなら多かれ少なかれ同じような性質があるとは思いますが、広告、ウェブデザインは特に賞味期限が短く、儚い幻に例えることすらできそうです。
絵本の寿命
しかし絵本は、商業デザインであるにも関わらず、何年経っても読み継がれる性質があるように思えます。私が子供の頃に読んだ絵本を、自分の娘に読み聞かせたことがあります。それはかなり極端な例であるとは思いますが、基本的に絵本に求められるのは、普遍性であって、流行り廃りではなさそうです。
絵本の魅力
それでなくても、絵を描く人間、お話を作る人間にとって、絵本は憧れのメディアで、作家性が高く、子供達に自分が創造した話を伝えることは、表現者にとってこの上ない喜びになるに違いありません。
チームワークと個人プレー
また、絵本を一冊作るのは、大変な作業であることに間違いはないのですが、映画などその他の伝えるメディアに比べて、関わる人間が比較的少なく、小さなチーム、究極的には作家だけで創れる、という特色があると思います。これは孤独な闘いでもあるのでしょうが、大きなチームで制作の一端を担う作業を続けた者から見ると、自由度が高く、妥協するべき箇所が少ないのではないか、と思えます。
絵本制作にのめり込む
そんな憧れの絵本の制作を一度は手がけてみたい、と常々思っていましたが、人は何か具体的な目標と、それに向かって進むエネルギーがなければ、先があるのかないのか分からない道を進むことは、なかなか憚られます。
ある日、ひょんなことから絵本のコンペの話をいただきました。前記した、私が思い描いていた絵本制作の魅力、普遍的であることや、少人数で初めから終わりまでの話を作り、つじつまを合わせ、その世界観やメッセージを構築する作業は非常に楽しく、怒涛のように制作にのめり込んでいきました。
人との共同作業
ある日、小学校教師の友達に絵本のコンテを見せたところ、その友達の才能を発見することになりました。そこから彼女と共同作業を始めましたが、前記したチームプレーの煩わしさ、不自由度などにストレスを感じていた過去にも経験した、複数の脳を使うことによる多面的なものの見方、を手に入れました。これは、どんなチームで、誰と、どのような役割分担で作業をするのかにもよるのだと思いますが、波長さえ合えば、2つの脳を使うということは、1つの時の2倍の経験値を得ることができます。当たり前のことかもしれませんが、クリエイションの波長が会う人とみっちり共同作業して、新しい視野が広がりました。そして、プロジェクトの終わりには、この上ない爽快感、達成感を、2人で共有することができました。
コンペのデキレース
締め切りギリギリになりつつも自分たちの満足いく形に仕上がり、投稿できました。しかし、その後の舞い上がった我々の心をを打ち砕く情報を、インターネット上で見つけてしまいました。
デザインのコンペには、よくデキレースがあります。それは初めから受賞者は決められている、または絞られていて、コンペはそれを盛り上げるために催される、というもので、言い過ぎを承知で言えばヤラセに近いものです。大人の世界ですね笑。
絵本のコンペでは、コンペの形を取って応募者を集め、最終的に作者に自費出版を勧める、というビジネスモデルがあるらしい、という情報を見つけてしました。汚い笑。いや、それでデビューしている作家さんもいるのでしょうが、コンペの形をとっていることが、ちょっとずるいですね。
このコンペがそういう性格のものでないことを願っているけど、世の中そんなには甘くない、ということでしょうか笑。
まとめ
ここまで読み進めていただいて、ありがとうございました。色々な気持ちを書き連ねてしまいましたが、全ての力を出し切った今、こう思えます。 結果は大事だが、そこに至る過程はもっと大事である、ということです。自分がどれだけ高く飛べるか試してみましょう。